2015年6月28日日曜日

こんな本を読みました: 五島淑子 2015『江戸の食に学ぶ 幕末長州藩の栄養事情』臨川書店 2100円+税



和食が理想の食として世界遺産に登録され注目を集めている。しかし、和食とは何かと問われると答えに窮する。老舗の料理店の高級料理か、今日の朝飯か、ス シは?天ぷらは?アンパンは?カレーライスは?ラーメンは?和食とは日本人が長い歴史のうちに作り上げてきたものだが、その基本が江戸時代にあることはわ かる、しかしそれはいったい何なのか。

和食が世界的に注目されたきっかけは、1977年のアメリカ上院特別委員会による「米国の食事目標」の報告で理想的な食としてとりあげられたことによる。 豊かな社会の食事が、動物性タンパク質、脂肪、砂糖などの過剰な摂取となり病気や健康弊害となっていると指摘されたのである。伝統的な和食は栄養的に十分 とはいえないのだが、それにもかかわらず現代食の恐ろしさへの警鐘となったのである。その弊害は今や日本にも及び、他人事とはいえなくなったのだから。

五島さんは若いころからみんぱくの共同研究に参加し、明治初期の食生活の栄養評価を行って食が人々の健康や病気にどう影響したかを考察する論文を書いて注 目された。その後、彼女はふるさとの山口大学に職を得て、天保時代(1840年頃)に書かれた『防長風土注進案』(刊本で全22巻という膨大な量)に取り 組んで和食の核となる江戸期の食生活の復原につとめてきた。

古文書をコンピューターをつかい数値化して処理するのは大変な作業である。江戸時代の人と現代の私たちの考えかたや表現法がちがうからだ。たとえば食品の 同定について魚介類を挙げると、一般名のほかに地方名のほかに誤字、あて字、造字までまじるので大変苦労する。また、量についても石や升という容量、貫や 斤など重さのほかに匹、連、束、代金などいろいろの表現がみられる。したがって、復原プロセスではどうしても仮定や推定を入れたシミュレーションが必要と なる。それでも先行論文(たとえば鬼頭 1983、小山ほか 1982)と大きく異ならない結果となっているのは、手法の正しさをしめしているといえるだ ろう。

それにしても、山口県という一地方の、天保年間という特定の時代の食品が網羅され、コンピューター化されて検索可能なデータベースとなったのはすごいこと だ。郷土食はこれからの地域おこしの重要な要素となるだろうし、今放送中の「花燃ゆ」のような時代劇の考証にも役立つはずだ。本書の主体となっているの は、そのデータベースを利用したアカデミックな分析だが、巻末にコラムとしてまとめられたエッセイには「食」の教育者として学生や市民とのふれあいの様子 がいきいきと書かれていて、なかには「モモタローが山口県で書かれたとしたら?」というような著者のお茶目な一面もうかがうことができる。山口県にはおお くの古文書や宮本常一さんに代表される豊富な民俗誌がある。つぎには、庶民の食生活を楽しむことのできる本の出ることを期待したい。

(小山修三)

■参考文献
鬼頭宏
1983 『日本二千年の人口史 : 経済学と歴史人類学から探る生活と行動のダイナミズム』PHP研究所
小山修三、松山利夫、秋道智彌、藤野淑子、杉田繁治
1982 「『斐太後風土記』による食糧資源の計量的研究」『国立民族学博物館研究報告』6(3):363-598

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