2014年11月30日日曜日

大古事記展を見てきました

地方博物館にとって国宝や重文のある特別展示をすれば強力なキャッチになる。しかし集める手続き、時間、労力、運搬、保険などの費用が大変なので、1,2点の品を借りてきてあとは手持ち品で埋め合わせることが多い。ところが、奈良には国宝がごろごろあって、例えば寺や神社の宝物館には本物でみたされている。正倉院展はその代表的なものだが、いっぽうで堅苦しく、神経がとがって息詰まりそうな雰囲気もある。

この大古事記展は「奈良でやる展覧会」と予想した形とは まったく違っていたので驚いた。国宝の点数が少ない、大型品もほとんどない。これなら地方のビンボウ博物館でも十分やれる。内容も神話学、考古学、美術史、研究史、の専門分野の部のほかに、童話から漫画の本、スクリーンでのCG作品まで扱う範囲を拡げてあるので、子どもでもついていけそうだ。

古事記にでるアマテラスオオミカミ、スサノオ、オオクニヌシをはじめとする神々は今も方々の神社の祭神だし、ドラマティクな神楽や踊りがおこなわれている地方もある。神話とは、おとぎばなしではなく、私たちの生活を支えるアイデンティティなのである、最近は古事記が出版などで一種のブームになっていることは、 先の見えぬ不安な時代の中で私たちの心が求めているからかもしれない。

ところで、ここまでやるとすれば、今私たちがみんぱくで やっている「さわって楽しむ博物館」研究グループの1員として注文をだしたくなる。すぐ思いつくのは、1.研究史から漫画までの本は、展示品としてガラス・ケースにしまいこむのではなく、 手にとって読めるようにする(図書館と連携して)2.神楽の公演をやる(ビデオはあったが)である。3.今日の文化財のレプリカ 製作技術の進歩には目をみはるものがあるが、もっと観客がさわれるものが出来ないだろうか。

それにしてもよく人が入っていた。展覧会の将来(とくに入館者現象に悩む博物館の)の可能性を感じさせるものだった。アイデアの勝利といえるだろう。

(小山修三)

大古事記展は、奈良県立美術館にて開催。1214日まで。