2015年6月25日木曜日

米国ノースカロライナ州クロスノア訪問


今回のアメリカ旅行の目的の一つは、去年11月末に亡くなった私の考古学の恩師、Dr. Kidderのお墓まいりをすることだった。北はカナダ南東部から始まるアパラチア山脈の南端に位置する人口二百名あまりの小さな村、雪深いところなの で、初春の4月にメモリアルサービスが行われたが、所用でそれには出かけられなかった。代わりに先生の息子さんの一人が住むジョージア州アトランタからサ ウスカロライナ州を通りノースカロライナ州のクロスノアまで5時間のドライブをしての墓参となった。

芽吹いてまもないあざやかな緑の林の中の墓地、2年前に亡くなった奥様の脇に埋葬されていたが、墓石は来月できるとかで、目じるしの菊の造花がしつらえて あった。教会の横のスロープに散らばる墓石のほとんどはDellinger家・Sloop家など奥様の親戚縁者の名前が彫られ、その前で別のところから駆 けつけてくれたもう一人の息子さんたちと昔話で盛り上がった。先生には男の子が4人、みな日本(といってもアメリカンスクール)育ち、子供のころからの長 い付き合いで、時々まじる日本語はなまりのない日本人のような発音、気がついたら1時間以上立ち話をしていた。
日曜日には私としては珍しくシャツにジャケットを着て礼拝に出席、よく来てくれたとみなさんから握手をもとめられ気恥ずかしかった。賛美歌は「聖しこの夜」しか知らないのでずっと黙って立っていたのだけど。

(小山修三)

イェローストーン 蘇る森

1988年の山火事は熾烈なものでイェローストーンの森は回復不可能と考えられたほどだった。しかし、あれから四半世紀(25年)、森は 感動的といえるほど回復している。焼け残った松(ロッジポール・パイン)の林のくすんだ緑を取り囲むように若々しく鮮やかな緑が対照的である。そして、そ こに住む動物たちのあり方も変わっていったのだから、そのダイナミックな姿はしっかりして美しい。「自然をなめちゃいけないよ」という声 がきこえてきた。

(小山修三)

山火事の森の再生

森の再生を示す看板

2015年6月24日水曜日

イエローストーン公園のミサゴ

「イエローストーンのグランドキャニオン」というおまけがついたような名の場所があった。遠くに滝が見え、絶壁になって谷が切れ込んでいる。

谷の淵をめぐるトレイルに望遠レンズをつけたカメラを備え付け、鳥や動物のすがたをとろうと待機している一団がたむろしていた。三脚に据えたカメラを覗かせて もらうと(もちろん私のデジカメでは力不足)、立木のように独立してそそり立たつ岩にあやうくのっかるように、木の枝を編んだような鳥の巣があった (もちろん私のデジカメは力不足)。

そこへ、すっと垂直におりてきたのがミサゴ、英語でオスプレイ。あの評判の悪い軍用機はこの名をとったのだと わかった。

(小山修三)

写真:ミサゴの巣がある滝
滝が流れ落ちる渓谷の岩の上にミサゴが巣をかけていた。望遠レンズをつけた人が何人か巣を観察

2015年5月8日金曜日

イエローストーン国立公園


イエローストーン国立公園にようやくたどりつきました。
サンフランシスコからシアトル経由でアイダホのボズマンまで、待ち合わせ時間を入れて一日仕事、そこで一泊して、さらに車で3時間ほど走り、北のアイダホ口から入りました。

ここは世界初の国立公園として自然がよく守られているので有名です。なにしろ、四国の半分近い面積のなかに2つの観光宿泊設備以外、人家がない。これは地 域の開発(入植)がおくれたこともあるのですが、この大自然の偉大さを知り、守ろうという人々いが強く反映されているためだとおもいます。

公園内で一泊、車ではしりつづけるとバッファロー、グリズリー・ベア(ヒグマとおなじ種)、エルク(シカとおなじ種)が道をのこのこあるいて いるのに出会いました。100頭近いバッファローが群れをなしてうごいているのを見たときは感動しました。運が良ければ、オオカミ、オオツノジカ、マウン テン・ライオン(ヤマネコ)などの動物を見ることもできるそうです。

(小山修三) 

縄文少年のころ: 小山先生の縄文徒然草


小山先生の縄文徒然草の新記事「縄文少年のころ」がアップされました。
http://aomori-jomon.jp/essay/?p=7723
写真は、財田川河口 提供(藤田圭造氏)

2015年5月3日日曜日

情報孤立


カリフォルニアにはおどろくほどたくさんの日本車が走っている。ざっと目勘定でも半数以上になる、あとはドイツ車。あの自動車王国アメリカはどこに行ってしまったのか。

小さな町でも日本食の店が必ずあるし、スーパーには醬油、トーフ、エダマメ、コメなどがならぶ。日本製品の洪水だ。

しかし、新聞、テレビなどを漫 然と見ている限り(特にそれ用に契約しなければ)日本のことが出ることはごく少ない。それほど日本が平穏ということなのだろうか。

今回アメリカに来るにあたって油断して、大失敗をやった。
1、携帯の充電器を忘れたこと。今、居候をしている友人は丘の上の高級住宅に住んでいるので、バス停にとおく自家用車がなければどこにも行けない。だからなるべくジッとじっとしている。
2、もってきた小型パソコンが使い慣れないので、飛んだり消えたりイライラして文章が書けない。写真はどう取り込み添付すればよいのか、wi-fiとのつな ぎ、FBの登録・・・。日頃、奥さんや秘書役のこぼらさんにまかせきりにしてるから、身から出たサビなのだ。

トカゲのように陽だまりに座り、眼下に広がるベイエリアの景色をながめながら タバコを吸ってると(これがまた大変)、情報洪水の社会から離れていると、 休暇とはこうあるべきだ、それもまた悪くはないとも思うのである。


(小山修三)



B氏のガレージ。オークランドの丘にある住宅街はやや高級な住宅地で、ここには1家族が2台の車を持つのが普通です。日本車(トヨタ・ レクサス、ホンダ、日産)とドイツ車(ベンツ、BMD、オペル)という組み合わせというパターンが見られます。なぜそうなのか、基本的には燃費の良さがあ りますが、少し高くても「かっこいいという」ファッション感があるためではないかと思います。

2015年4月29日水曜日

カリフォルニアの山火事:デイアブロ山



カリフォルニアはここ4年間、雨が極端に少ないそうだ。これは周期的な気候変化でこの旱魃はこれから1000年は続くのではないかという古気候学者もいるほどだ。「今年の夏は芝生の水まきはもちろんシャワーも控えねばならんのではないか、しかしそれより山火事がこわい」とB氏は言う。山火事の跡をみたいと言ったらたくさんあるけど、といって連れて行ってくれたのが、デイアブロ州立公園、サンフランシスコから50kmほどの内陸にある山である。この地域は内陸に行くほど乾燥するので、いわば緑と砂漠の中間地帯に位置する微妙な場所だ。一昨年大きな山火事があったが、さいわい人命などの大被害はなかったそうだ。

デイアブロ山の頂上近くに1kmほどの手ごろなトレイル(遊歩道)があった。独立峰なので四囲がよく見渡せ、植生や地形がよくわかる。まず、西側の入り口には低木のカシとネズ(juniper)の茂みがあり、それが斜面に沿って下にのびている。道はそこから時計回りにゲッケイジュ (California Bay Laurel)の低木林をぬける。つぎにハナビシ科の植物を中心とするチャパレル(chaparral)の植生帯があらわれ、それが野生ムギ(wild oats) やフォックステールなどの草原へと移る。この植生の変化は日当たり、風、雨量などの気象条件を見事にあらわしている。

問題となるのはシャパレル地帯である。これは貧栄養で、水分の少ない土地に形成されるもので、他の植物もあわせた植物群落として表されることが多いようだ。これらは、人間の干渉がなければ15~40年の周期で発火するという特徴があり、なかには熱を受けてははじめて発芽するものもあるという火に適応した植物群なのである。このあたりの原植生はカシ、ネズ、シャパレル、草原というたけの低い植生だった。しかし、白人の入植以来多くの植物が持ち込まれ景観を大きく変えたのである。

するとどうなるか?
植物たちにいわせれば、もともと山火事がおこるのが当然の場所に人間たちがやってきて、火事がおこると不平を言うのは理不尽ではないかということになる。環境を変えるのがいいのか悪いのか、コントロールすることで人間の社会が発達したというのも事実なのだが。
 
写真(上)
2012の山火事で焼けたチャパレル。下草が盛んに茂り、素早く植生が回復していることが、盛んな下草のはえかたからわかる。





(小山修三)